日誌

◎若い時の苦労の価値は年を取らないと感じられないのか?

◎若い時の苦労の価値は年を取らないと感じられないのか?

 

 今朝(11/22)の朝日新聞のコラムに、TBSの福澤克雄氏のコメントが載っていました。話題になったドラマ、半沢直樹やVIVANT(ヴィヴァン)の演出・監督を務めた、慶応義塾大学創設者の福沢諭吉の玄孫(やしゃご)にあたる人物です。中等部から慶応義塾でラグビーを始め、高校時代には日本高校選抜にも選ばれたそうです。本人は大学までラグビーを続ける意思がなく高校でやめるつもりでしたが、母親が高校選抜に選ばれたことをことのほか喜んでくれたのを目の当たりにして、大学でもラグビーを続けることにしたそうです。当時の慶応大学ラグビー部は、一流の選手が入学してこなかったため、徹底的に鍛え上げて早稲田や明治に対抗していました。福澤さんはあまりにつらい合宿練習に嫌気がさして、何度車に飛び込んで死のうかと思ったくらい追い詰められていたと言っています。それくらい毎日厳しいトレーニングが課されていたとのことです。大学卒業後に、どうしても映画やテレビの監督を務めたいという希望からTBSに入社しますが、テレビ業界内の様々な人間関係や軋轢に、周囲の仲間はどんどんやめていったそうです。しかし、福澤さんは“つらい”と感じたことは一度もなかったそうです。どんなにしんどい状況になっても、『山中湖の合宿に比べたら……』と思えば、乗り切ることができたと言っています。大学時代には2度と戻りたくはないと言っていますが、自分の限界を超える経験は現在にも多岐にわたって生きていると述べています。

 

 私は、高校の陸上部の顧問になってから、父親が作った群馬県の別荘で毎年夏に合宿をおこなってきました。標高800Mで涼しいこともありましたが、それ以上に坂道だらけの環境を求めたことがその理由です。一番つらい練習は400Mを超える坂道を登りきる練習です。冗談ではなく、最後の方は四つん這いで上がるような生徒もいました。走り終わった後、動けなくなり、嘔吐を繰り返す生徒も多々いました。陸上競技のトレーニングとしては効率の良いものではなかったかもしれませんが、ある意味自分の限界を超える最も有効な手段であったのは間違いないと思っています。卒業生とあう機会があると、必ず『山小屋の400Mの坂以上に苦しいことにであったことはありません』『出産の時に苦しくても山小屋の坂を思い出して乗り切ました』といったことが話題にあがることも本当に多いです。おそらく自分から望んでそのような状況を作ることは難しいでしょう。強制の部分がないと経験できないことだと思います。しかし、そういった経験は身体の奥深いところに必ず刻まれます。おそらく一生残るのではないかと思っています。こういった経験をしている人は、間違いなくタフで強い人間になれる可能性が高くなります。正しいとか間違っているとかではなく、自分の限界を広げる経験は絶対に必要だということです。特に若い時期には。その1つが部活動の練習だと思っているので、12月からの練習では、今まで経験したことのないようなトレーニングを生徒には課す予定です。歯を食いしばって耐えることができれば、陸上競技の記録だけではなく人生において大切なものが学べると信じています。覚悟を決めて臨んで欲しいと思っています。