2018年3月の記事一覧
平成29年度修了式
ソメイヨシノの開花も発表され、春本番を迎えています。朝方のどんよりした雲も流れ去り、春の暖かい光が差し込んできました。
本日、いずみ高校では平成29年度の修了式を迎えました。体育館に集まったのは1・2年生、卒業した3年生がいないのは寂しいですが、もうすぐ新入生も入学してきます。
生徒の皆さん、この1年の取組はいかがだったでしょうか。
計画したとおりに目標に到達した人、うまくいかなかった人、いろいろかと思いますが、年度末に今年1年を振り返り、来年度への課題と反省点を確認しておくことはとても大切です。生産現場に用いられるPDCAサイクルは、P(Plan:計画)、D(Do:実行)、C(Check:確認、振り返り)、A(Action/Adjustment:改善に向けた調整)という段階で目標を達成し、次のサイクルに向けた改善を進める手法です。ぜひいずみ高生にも、PDCAサイクルで学習の取組・その改善という螺旋階段を昇っていってほしいと思います。
以下は、本日の始業式の様子です。卓球部が南部地区の新人大会で優勝したことを表彰しました。また、生徒指導主任から来年度からスタートする「自転車保険の加入義務」と「新・遅刻指導」について、スクリーンを使って説明をしました。


【修了式・校長講話】
皆さん、おはようございます。
今日で3学期が終了します。 そして、それぞれの学年の修了を迎えました。
皆さんは4月にはいずみ高校を支える新3年、新2年へとそれぞれ進級します。 この学校をよりよい学校にしていくように 皆さんの心を一つに「一歩前へ」という 気持ちで頑張っていきましょう。 先日卒業していった先輩たちの思いを つないでいってほしいのです。
今日はその「思いをつなぐこと」について お話しします。
今から100年以上も前のお話ですが、日本が初めて参加したオリンピックは1912年(明治45年)開催のスウェーデン・ストックホルム大会でした。この大会に出場した、つまりは日本初のオリンピックアスリートの一人となった人物に金栗四三(かなくり しそう)という選手がいました。四三は持ち前の脚力と持久力を買われて、日本人で初めてのマラソン選手として出場しました。
競技当日は、記録的な暑さに見舞われ、選手の中には、暑さにやられ亡くなる選手も出たほどの過酷なレースでした。 四三もまた体調が万全ではない中での レースであり、彼はレース中盤の27キロ付近で倒れ、そのまま気を失ったのでした。
このレースにおける四三の不調には、少し想像力を働かせる必要があります。
100年前の日本人がヨーロッパまで旅をするとなると、船と鉄道で移動するしか手段がなく、しかも20日以上もの時間がかかりました。また、四三はスウェーデン到着以来、ずっと寝不足に悩まされ続けます。なぜなら、夏の北欧は高緯度に位置するために夜が更けても暗くならず、明るい夜が続くなかで熟睡できなかったからです。
さて、レース途中で気を失ってしまった四三が翌朝目を覚ますと、そこは見知らぬ農夫の家のベッドでした。
訊けば、気絶していたところをその農夫が家まで連れて行き、休ませてくれた のだそうです。こうして四三の最初の夢の舞台は終わってしまいました。
その後、月日がたち、1967年(昭和42年)3月、スウェーデンのオリンピック委員会から、四三のもとに手紙が届きました。
それは、ストックホルム五輪から50年以上の年月が過ぎてからもたらされた招待状でした。 実は、四三は、件(くだん)のマラソン競技において「競技中に失踪し行方不明となった日本人」として扱われていたのです。 招待を受けた四三はストックホルムへ赴き、懐かしの競技場をゆっくりと走りました。 そして、ついに場内に用意されたゴールテープを切りました。 この時、スタジアムでは次のような アナウンスが流れたと云います。
「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム、54年と8か月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルム オリンピック大会の全日程を終了します。」
この記録は、オリンピック史上最も遅いマラソンの記録であり、今後もこの記録が 破られる事はないと思います。 四三は、ゴール後のスピーチで「長い道のりでした。この間に孫が5人できました。」と茶目っ気たっぷりにコメントしたそうです。
四三の強い思いは 「諦めない心、自分を鼓舞させる強い心」 となって、人々を動かし、その思いをつなげていきます。
彼は、大正・昭和の時代を通じて、日本の陸上競技会において多くの功績を残し、「日本マラソンの父」と呼ばれるようになりました。皆さんもよく知っているお正月の「大学対抗箱根駅伝」の創設にも関わっていますし、変わったところでは、お菓子メーカーの江崎グリコの「ゴール・イン・マーク」(大阪の道頓堀にある大きな看板が有名)は、多くのランナーとともに、この金栗四三がモデルの一人になっているそうです。
また、彼の熱意は、意外なところにもつながっていきました。 昨年末、埼玉県行田市を舞台に池井戸潤が描いたドラマ「陸王」は、ランニング足袋を開発するお話でしたが、 実は、四三も東京・大塚の足袋職人に依頼し、長距離走のための履きよくて長持ちする足袋を作らせています。これが我が国最初のマラソン競技用のシューズだったと言われています。
ところで、四三は当時の日本人としては、大変な長旅をしたことになりますが、皆さんにとっての長旅の経験はどれくらいのスケールですか。
2年生は修学旅行に行っていますから 「沖縄まで」かな。 1年生の皆さんはどうでしょうか。中学校での修学旅行で訪れた関西や東北でしょうか。 いずれにしても、振り返れると、それぞれの旅には大きな刺激があったはずです。
19世紀のイギリスの政治家、ベンジャミン・ディズレーリは、「旅は真正な知識の偉大な泉である」 と言っています。旅することで、新しい世界に飛び込むことができ、すなわち見聞を広めることができるのです。その知識が積もり積もれば大きな山となり、豊富に水をたたえる泉となります。 もうそれは人生の財産だと言ってもいい。
今日紹介した金栗四三も、北欧までの長い旅で、きっと多くのことを学び、見聞を広めたのだと思います。その旅からマラソン足袋が生まれた とするのは、少々洒落が過ぎますが、旅が知識の源泉であるというのは頷ける話です。
旅と言えば、皆さんにお知らせがあります。
今週月曜日に、後援会・PTAから保護者向けに関係文書を配布しましたから、すでに知っている人も多いと思いますが、いずみ高校では、この夏、初の「海外研修」を実施することにしています。来年度はいずみ高校になって20年の節目を迎えますので、その記念事業として「グローバル・ワークショップ・ イン・ニュージーランド」と銘打ち、先日、埼玉県教育委員会にも申請を済ませたところです。
同様な事業は、杉戸農業高校、川越工業高校をはじめ、他の専門高校でも取り組まれていますが、本校にとっても特色ある取組になると確信しています。 このプログラムでは、日本を飛び出して環境先進国である「ニュージーランド」に赴き、ファームステイ等を通じて海外の自然や産業を体験します。 南半球を訪れることで、まさに地球規模、グローバルな視点から、生きものや自然、地球環境について学ぶことができると 考えています。 今年の8月20日(月)に成田空港を出発し、10泊11日(うち機中2泊)の研修の後、8月30日(木)に羽田空港に戻ってきます。希望者のみの参加で、その費用は個人負担 となり、概算で27~8万円程度になると見込んでおります。研修の参加募集は4月早々に行います。定員は20名程度で、応募の締め切りは4月中下旬ころを予定しています。
本日のSHRの時間に、各クラスで担任の先生から予告のチラシが配布されますが、多額の費用がかかりますので、お家の方とよく相談して 申し込むようにしてください。
金栗四三も、さすがに南半球へは旅をすることはなかったようです。 南半球では、季節も逆転していますし、夜空には南十字星が輝きます。 そして、日本から遠く離れた約9千キロの彼方にニュージーランドはあります。 遠いかの地で、新しい発見をし、それを 持ち帰り、いずみ高生にその思いをつないでほしいと思います。
私の話は以上です。
本日、いずみ高校では平成29年度の修了式を迎えました。体育館に集まったのは1・2年生、卒業した3年生がいないのは寂しいですが、もうすぐ新入生も入学してきます。
生徒の皆さん、この1年の取組はいかがだったでしょうか。
計画したとおりに目標に到達した人、うまくいかなかった人、いろいろかと思いますが、年度末に今年1年を振り返り、来年度への課題と反省点を確認しておくことはとても大切です。生産現場に用いられるPDCAサイクルは、P(Plan:計画)、D(Do:実行)、C(Check:確認、振り返り)、A(Action/Adjustment:改善に向けた調整)という段階で目標を達成し、次のサイクルに向けた改善を進める手法です。ぜひいずみ高生にも、PDCAサイクルで学習の取組・その改善という螺旋階段を昇っていってほしいと思います。
以下は、本日の始業式の様子です。卓球部が南部地区の新人大会で優勝したことを表彰しました。また、生徒指導主任から来年度からスタートする「自転車保険の加入義務」と「新・遅刻指導」について、スクリーンを使って説明をしました。
【修了式・校長講話】
皆さん、おはようございます。
今日で3学期が終了します。 そして、それぞれの学年の修了を迎えました。
皆さんは4月にはいずみ高校を支える新3年、新2年へとそれぞれ進級します。 この学校をよりよい学校にしていくように 皆さんの心を一つに「一歩前へ」という 気持ちで頑張っていきましょう。 先日卒業していった先輩たちの思いを つないでいってほしいのです。
今日はその「思いをつなぐこと」について お話しします。
今から100年以上も前のお話ですが、日本が初めて参加したオリンピックは1912年(明治45年)開催のスウェーデン・ストックホルム大会でした。この大会に出場した、つまりは日本初のオリンピックアスリートの一人となった人物に金栗四三(かなくり しそう)という選手がいました。四三は持ち前の脚力と持久力を買われて、日本人で初めてのマラソン選手として出場しました。
競技当日は、記録的な暑さに見舞われ、選手の中には、暑さにやられ亡くなる選手も出たほどの過酷なレースでした。 四三もまた体調が万全ではない中での レースであり、彼はレース中盤の27キロ付近で倒れ、そのまま気を失ったのでした。
このレースにおける四三の不調には、少し想像力を働かせる必要があります。
100年前の日本人がヨーロッパまで旅をするとなると、船と鉄道で移動するしか手段がなく、しかも20日以上もの時間がかかりました。また、四三はスウェーデン到着以来、ずっと寝不足に悩まされ続けます。なぜなら、夏の北欧は高緯度に位置するために夜が更けても暗くならず、明るい夜が続くなかで熟睡できなかったからです。
さて、レース途中で気を失ってしまった四三が翌朝目を覚ますと、そこは見知らぬ農夫の家のベッドでした。
訊けば、気絶していたところをその農夫が家まで連れて行き、休ませてくれた のだそうです。こうして四三の最初の夢の舞台は終わってしまいました。
その後、月日がたち、1967年(昭和42年)3月、スウェーデンのオリンピック委員会から、四三のもとに手紙が届きました。
それは、ストックホルム五輪から50年以上の年月が過ぎてからもたらされた招待状でした。 実は、四三は、件(くだん)のマラソン競技において「競技中に失踪し行方不明となった日本人」として扱われていたのです。 招待を受けた四三はストックホルムへ赴き、懐かしの競技場をゆっくりと走りました。 そして、ついに場内に用意されたゴールテープを切りました。 この時、スタジアムでは次のような アナウンスが流れたと云います。
「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム、54年と8か月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルム オリンピック大会の全日程を終了します。」
この記録は、オリンピック史上最も遅いマラソンの記録であり、今後もこの記録が 破られる事はないと思います。 四三は、ゴール後のスピーチで「長い道のりでした。この間に孫が5人できました。」と茶目っ気たっぷりにコメントしたそうです。
四三の強い思いは 「諦めない心、自分を鼓舞させる強い心」 となって、人々を動かし、その思いをつなげていきます。
彼は、大正・昭和の時代を通じて、日本の陸上競技会において多くの功績を残し、「日本マラソンの父」と呼ばれるようになりました。皆さんもよく知っているお正月の「大学対抗箱根駅伝」の創設にも関わっていますし、変わったところでは、お菓子メーカーの江崎グリコの「ゴール・イン・マーク」(大阪の道頓堀にある大きな看板が有名)は、多くのランナーとともに、この金栗四三がモデルの一人になっているそうです。
また、彼の熱意は、意外なところにもつながっていきました。 昨年末、埼玉県行田市を舞台に池井戸潤が描いたドラマ「陸王」は、ランニング足袋を開発するお話でしたが、 実は、四三も東京・大塚の足袋職人に依頼し、長距離走のための履きよくて長持ちする足袋を作らせています。これが我が国最初のマラソン競技用のシューズだったと言われています。
ところで、四三は当時の日本人としては、大変な長旅をしたことになりますが、皆さんにとっての長旅の経験はどれくらいのスケールですか。
2年生は修学旅行に行っていますから 「沖縄まで」かな。 1年生の皆さんはどうでしょうか。中学校での修学旅行で訪れた関西や東北でしょうか。 いずれにしても、振り返れると、それぞれの旅には大きな刺激があったはずです。
19世紀のイギリスの政治家、ベンジャミン・ディズレーリは、「旅は真正な知識の偉大な泉である」 と言っています。旅することで、新しい世界に飛び込むことができ、すなわち見聞を広めることができるのです。その知識が積もり積もれば大きな山となり、豊富に水をたたえる泉となります。 もうそれは人生の財産だと言ってもいい。
今日紹介した金栗四三も、北欧までの長い旅で、きっと多くのことを学び、見聞を広めたのだと思います。その旅からマラソン足袋が生まれた とするのは、少々洒落が過ぎますが、旅が知識の源泉であるというのは頷ける話です。
旅と言えば、皆さんにお知らせがあります。
今週月曜日に、後援会・PTAから保護者向けに関係文書を配布しましたから、すでに知っている人も多いと思いますが、いずみ高校では、この夏、初の「海外研修」を実施することにしています。来年度はいずみ高校になって20年の節目を迎えますので、その記念事業として「グローバル・ワークショップ・ イン・ニュージーランド」と銘打ち、先日、埼玉県教育委員会にも申請を済ませたところです。
同様な事業は、杉戸農業高校、川越工業高校をはじめ、他の専門高校でも取り組まれていますが、本校にとっても特色ある取組になると確信しています。 このプログラムでは、日本を飛び出して環境先進国である「ニュージーランド」に赴き、ファームステイ等を通じて海外の自然や産業を体験します。 南半球を訪れることで、まさに地球規模、グローバルな視点から、生きものや自然、地球環境について学ぶことができると 考えています。 今年の8月20日(月)に成田空港を出発し、10泊11日(うち機中2泊)の研修の後、8月30日(木)に羽田空港に戻ってきます。希望者のみの参加で、その費用は個人負担 となり、概算で27~8万円程度になると見込んでおります。研修の参加募集は4月早々に行います。定員は20名程度で、応募の締め切りは4月中下旬ころを予定しています。
本日のSHRの時間に、各クラスで担任の先生から予告のチラシが配布されますが、多額の費用がかかりますので、お家の方とよく相談して 申し込むようにしてください。
金栗四三も、さすがに南半球へは旅をすることはなかったようです。 南半球では、季節も逆転していますし、夜空には南十字星が輝きます。 そして、日本から遠く離れた約9千キロの彼方にニュージーランドはあります。 遠いかの地で、新しい発見をし、それを 持ち帰り、いずみ高生にその思いをつないでほしいと思います。
私の話は以上です。
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第54回卒業証書授与式
本日は第54回卒業証書授与式でした。
絵に描いたような穏やかな春の陽気となり、この時期としては考えられないほど体育館は暖かかったように思います。職員には「厳粛な雰囲気の中にも和やかで温かい式にしたい」と話していたのですが、幸せいっぱいの卒業式ができたと思います。
第54回卒業生のみなさん、卒業おめでとうございます。
「いずみプライド」を胸に、これからの人生を堂々と歩いて行ってください。


【卒業証書授与式・式辞】
春風駘蕩たる穏やかな日和に恵まれた今日の佳き日に、本校PTA会長 宮森貴子様、後援会会長 森本香緒里様、同窓会会長 野口吉明様をはじめ、数多くの御来賓の皆様方、並びに保護者の皆様の御臨席を賜り、かくも盛大に「平成二十九年度 埼玉県立いずみ高等学校 卒業証書授与式」を挙行できますことは、本校関係者にとりまして、大きな喜びでございます。 御臨席をいただきました皆様に、厚く御礼申し上げます。
本校第五十四回卒業の二百十九名の卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
皆さんは、いずみ高校での三年間で、多くの友とともに、様々な経験を通じて自らを成長させてきました。六学科の特色ある学びをとおして、その分野のスペシャリストへと歩みを進め、それに見合うだけの実力を身につけてきました。まずは卒業にあたり、自らの成長とその分野における自信「いずみプライド」を、しっかり確認してみてください。それが、皆さんの今の姿であり、これからの財産になっていくものです。
さて、世界は大きく変化してきています。パラダイムシフトと言われる大きな変革が幾重もの波のように押し寄せてきています。人生百年時代を迎え、長く生きていくことが当たり前となってきています。人生二毛作、あるいは三毛作として将来をデザインしていかなければなりません。さらには、人の仕事をAIやロボットが代替するかもしれないと言われるこの先の未来を、皆さんはどう生きていくのでしょう。 先行き不透明な時代を逞しく生きていくために指針となるヒントを三つほど挙げてみたいと思います。
まず一つ目は「努力を重ねることの大切さ」についてです。
日本の武道、弓道は知っていると思います。弓道は、他の武道がそうであるように、技術もさることながら、禅にも通じる精神を鍛錬する側面があります。私は高校時代に弓道を経験しましたが、振り返ってみると、当時は弓の技術を習得するので精一杯でした。しかし、大人になってみると、弓道の精神的側面がよく理解でき、当時恩師が伝えようとしてたことが今ははっきりと分かります。
若い時代にその意義を完全に理解できなくても、努力を重ねて取り組んでいるうちに体と心に自然と沁みこんでいくものがあります。先人たちの叡智に溢れる様々な教え、文化や学問、芸術などには、短い時間では見えてこない、気づかない、感じられない深い意義、意味があるのです。
弓の世界では「紅の一入ごとに色勝る、昨日の我に今日は勝れり」と教えられます。一入ごととは一塗りごとという意味で、「紅花で染めた鮮やかな赤色は、その赤色を重ね塗ることによって深みを増していく。はじめは清楚な赤色であったものが、何回も何回も塗重ねることによって、高貴な紫に近い、紅の色に染まっていく」というものです。一入ごとの違いは分からなくても、稽古を重ねることによって、確実に色はその深みと美しさを増していくのです。
ですから、いま汗をかいていること、頑張っていることの成果や結果が今すぐに表れなくても焦る必要はありません。ましてや「こんなことに意味なんてない」と投げ出してはいけません。努力を続けることで必ず得られるものがあるはずです。
二つ目は「逃げないで、諦めないで、挑戦すること」についてです。
私の好きな言葉に「不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ。」というのがあります。これは、アメリカの野球界で人種差別の撤廃に功績のあったジャッキー・ロビンソン選手の残した言葉だと言われています。彼はロサンゼルス・ドジャースで活躍していたころ、記者からの質問にユーモアたっぷりにこう答えたと言います。「卵を割らなければオムレツは作れない。大切なのはまず卵を割ること、すなわち果敢に行動を起こすことだ。」
失敗とは、やってできなかったことを指すのではなく、やろうとしなかったこと、やらなかったことを指すというのです。挑戦することで変化が生じ、新しい何かが生まれてきます。不可能と思えたことでさえも挑戦することで可能となってくるのです。だから不可能の反対は可能ではなく、挑戦することなのです。 自分の置かれている環境や境遇を嘆く前に、まず自分自身が変わるために何かに挑戦してください。これからの人生、逃げないで、諦めないで、挑戦することを大切にしてほしいと思います。
最後は「本当の幸せとは何か」ということです。
南米「ウルグアイ」の第四十代大統領を務めたホセ・ムヒカという方をご存知でしょうか。大統領就任中、報酬の大半を寄付し、自身は月千ドル強(これは日本円で十一万円弱ですが)という生活をしていたために「世界で最も貧しい大統領」と呼ばれていた人物です。
ムヒカさんは「幸せとは物を買うことだと勘違いしている人がいる。幸せというものは命あるものからしかもらえない。つまり、幸せにしてくれるのは人間のような生き物なのであり、物が人を幸せにすることは絶対にない」と言っています。
皆さんにとっての本当の幸せとは何でしょうか。単に物質的に満たされていることではないはずです。人と人とのかかわりの中でこそ、人は幸福感で満たされるものです。感謝すること、友を持つこと、よい人間関係を築くこと、愛を育むこと、子どもを育てること、そして必要最低限の物を持つこと、これらの中に幸せが詰まっています。物質では決して満たすことのできない価値がそこにはあるのです。皆さんには、本当の幸せを考えられる人になってほしい。そして、人の幸せのために尽くせる人間になってほしいと思います。
皆さんには、これからの長い人生で、自分の好きなこと、本当はやりたいと思っていることへの「こだわり」を持ち続けて欲しい。そして、そのために生涯学び続けて欲しい。自分の大きな夢や目標に対して、直向きに取り組む「情熱」と、困難や挫折を味わってもなお諦めない「粘り強さ」を持って欲しい。そのために、これからも様々なことへの「興味」と、社会に貢献したい、人々の幸せに貢献したいという「目的」を見出してほしい。私はそう思っています。
最後になりますが、保護者の皆様におかれましては、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。本校入学時と比べて心身ともに立派に成長した卒業生の皆さんの姿を、職員一同とても頼もしく思っております。そして、この卒業を機に、さらなる大人としての成長を遂げてくれるものと期待しております。
お子様の在学中、本校教育活動への格別のご支援とご協力をいただきましたことに、改めて感謝を申し上げます。ありがとうございました。 結びに、第五十四回卒業生の皆さんが、これからも精進を重ね、すばらしい人生を歩んで未知なる地平に勇敢に旅立つことを心から願い、最後に私の好きなこの言葉を添えて、式辞といたします。To boldy go where no one has gone before.
平成三十年三月十三日 埼玉県立いずみ高等学校長 栗藤 義明
絵に描いたような穏やかな春の陽気となり、この時期としては考えられないほど体育館は暖かかったように思います。職員には「厳粛な雰囲気の中にも和やかで温かい式にしたい」と話していたのですが、幸せいっぱいの卒業式ができたと思います。
第54回卒業生のみなさん、卒業おめでとうございます。
「いずみプライド」を胸に、これからの人生を堂々と歩いて行ってください。
【卒業証書授与式・式辞】
春風駘蕩たる穏やかな日和に恵まれた今日の佳き日に、本校PTA会長 宮森貴子様、後援会会長 森本香緒里様、同窓会会長 野口吉明様をはじめ、数多くの御来賓の皆様方、並びに保護者の皆様の御臨席を賜り、かくも盛大に「平成二十九年度 埼玉県立いずみ高等学校 卒業証書授与式」を挙行できますことは、本校関係者にとりまして、大きな喜びでございます。 御臨席をいただきました皆様に、厚く御礼申し上げます。
本校第五十四回卒業の二百十九名の卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
皆さんは、いずみ高校での三年間で、多くの友とともに、様々な経験を通じて自らを成長させてきました。六学科の特色ある学びをとおして、その分野のスペシャリストへと歩みを進め、それに見合うだけの実力を身につけてきました。まずは卒業にあたり、自らの成長とその分野における自信「いずみプライド」を、しっかり確認してみてください。それが、皆さんの今の姿であり、これからの財産になっていくものです。
さて、世界は大きく変化してきています。パラダイムシフトと言われる大きな変革が幾重もの波のように押し寄せてきています。人生百年時代を迎え、長く生きていくことが当たり前となってきています。人生二毛作、あるいは三毛作として将来をデザインしていかなければなりません。さらには、人の仕事をAIやロボットが代替するかもしれないと言われるこの先の未来を、皆さんはどう生きていくのでしょう。 先行き不透明な時代を逞しく生きていくために指針となるヒントを三つほど挙げてみたいと思います。
まず一つ目は「努力を重ねることの大切さ」についてです。
日本の武道、弓道は知っていると思います。弓道は、他の武道がそうであるように、技術もさることながら、禅にも通じる精神を鍛錬する側面があります。私は高校時代に弓道を経験しましたが、振り返ってみると、当時は弓の技術を習得するので精一杯でした。しかし、大人になってみると、弓道の精神的側面がよく理解でき、当時恩師が伝えようとしてたことが今ははっきりと分かります。
若い時代にその意義を完全に理解できなくても、努力を重ねて取り組んでいるうちに体と心に自然と沁みこんでいくものがあります。先人たちの叡智に溢れる様々な教え、文化や学問、芸術などには、短い時間では見えてこない、気づかない、感じられない深い意義、意味があるのです。
弓の世界では「紅の一入ごとに色勝る、昨日の我に今日は勝れり」と教えられます。一入ごととは一塗りごとという意味で、「紅花で染めた鮮やかな赤色は、その赤色を重ね塗ることによって深みを増していく。はじめは清楚な赤色であったものが、何回も何回も塗重ねることによって、高貴な紫に近い、紅の色に染まっていく」というものです。一入ごとの違いは分からなくても、稽古を重ねることによって、確実に色はその深みと美しさを増していくのです。
ですから、いま汗をかいていること、頑張っていることの成果や結果が今すぐに表れなくても焦る必要はありません。ましてや「こんなことに意味なんてない」と投げ出してはいけません。努力を続けることで必ず得られるものがあるはずです。
二つ目は「逃げないで、諦めないで、挑戦すること」についてです。
私の好きな言葉に「不可能の反対語は可能ではない。挑戦だ。」というのがあります。これは、アメリカの野球界で人種差別の撤廃に功績のあったジャッキー・ロビンソン選手の残した言葉だと言われています。彼はロサンゼルス・ドジャースで活躍していたころ、記者からの質問にユーモアたっぷりにこう答えたと言います。「卵を割らなければオムレツは作れない。大切なのはまず卵を割ること、すなわち果敢に行動を起こすことだ。」
失敗とは、やってできなかったことを指すのではなく、やろうとしなかったこと、やらなかったことを指すというのです。挑戦することで変化が生じ、新しい何かが生まれてきます。不可能と思えたことでさえも挑戦することで可能となってくるのです。だから不可能の反対は可能ではなく、挑戦することなのです。 自分の置かれている環境や境遇を嘆く前に、まず自分自身が変わるために何かに挑戦してください。これからの人生、逃げないで、諦めないで、挑戦することを大切にしてほしいと思います。
最後は「本当の幸せとは何か」ということです。
南米「ウルグアイ」の第四十代大統領を務めたホセ・ムヒカという方をご存知でしょうか。大統領就任中、報酬の大半を寄付し、自身は月千ドル強(これは日本円で十一万円弱ですが)という生活をしていたために「世界で最も貧しい大統領」と呼ばれていた人物です。
ムヒカさんは「幸せとは物を買うことだと勘違いしている人がいる。幸せというものは命あるものからしかもらえない。つまり、幸せにしてくれるのは人間のような生き物なのであり、物が人を幸せにすることは絶対にない」と言っています。
皆さんにとっての本当の幸せとは何でしょうか。単に物質的に満たされていることではないはずです。人と人とのかかわりの中でこそ、人は幸福感で満たされるものです。感謝すること、友を持つこと、よい人間関係を築くこと、愛を育むこと、子どもを育てること、そして必要最低限の物を持つこと、これらの中に幸せが詰まっています。物質では決して満たすことのできない価値がそこにはあるのです。皆さんには、本当の幸せを考えられる人になってほしい。そして、人の幸せのために尽くせる人間になってほしいと思います。
皆さんには、これからの長い人生で、自分の好きなこと、本当はやりたいと思っていることへの「こだわり」を持ち続けて欲しい。そして、そのために生涯学び続けて欲しい。自分の大きな夢や目標に対して、直向きに取り組む「情熱」と、困難や挫折を味わってもなお諦めない「粘り強さ」を持って欲しい。そのために、これからも様々なことへの「興味」と、社会に貢献したい、人々の幸せに貢献したいという「目的」を見出してほしい。私はそう思っています。
最後になりますが、保護者の皆様におかれましては、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。本校入学時と比べて心身ともに立派に成長した卒業生の皆さんの姿を、職員一同とても頼もしく思っております。そして、この卒業を機に、さらなる大人としての成長を遂げてくれるものと期待しております。
お子様の在学中、本校教育活動への格別のご支援とご協力をいただきましたことに、改めて感謝を申し上げます。ありがとうございました。 結びに、第五十四回卒業生の皆さんが、これからも精進を重ね、すばらしい人生を歩んで未知なる地平に勇敢に旅立つことを心から願い、最後に私の好きなこの言葉を添えて、式辞といたします。To boldy go where no one has gone before.
平成三十年三月十三日 埼玉県立いずみ高等学校長 栗藤 義明
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